2026.01.17
代表片浦のひとり言
人の上に立つ? この時代に求められるリーダーとは?
カエル
月日は百代の過客にして、どんどんと年を重ねていることを実感する。
というのも最近のネタについていけない。
ついこないだ、「ひき肉です!」というのを覚えた。
女子高生の中では、すでに「古い」ワードであるらしい元々そういうのにはアンテナを張っている自信があったが、
ここ最近はめっきり入ってこない、こういう風におじさんの仲間入りをするのかと実感する。
ひき肉です!と聞いて、それってなんなん?どういうこと?何が面白いん?と聞いている時点でおじさん確定である。
最近、担当している高校生の選手に「蛙化」という言葉を教わった。
我々の時代でいう「幻滅」という言葉に近く、由来は彼氏がフードコートで席をキョロキョロ探している姿を見て幻滅した、
キョロキョロしている様子がカエルみたいだったと。
そもそもフードコートとはそういう場所ではないのか?
彼女のために一生懸命席を探してあげるとても良い彼氏なように映るのだが、こ
う考えている時点でおじさんなのか。
フードコートで勉強している男子はだめと、とある女子高生選手が言っていたのを思い出すが、
フードコートでこの文章を書いているのは内緒である。

羊
世間では蛙化が流行っているが、最近、我が家では羊化が流行っている。
通称「めー活」である。
正確に言うと、娘にただ付き合ってもらっているが、
子供と共に、布団に入り、ふわふわの毛布にくるまりながら、「めーめー」と言い、羊気分を味わう活動である。
まだ3歳の娘は快く付き合ってくれる。
羊のようなモコモコパジャマを着せるが、そもそもそのぬいぐるみのようなサイズ感の娘がたまらない。
そんなモコモコぬいぐるみ娘と毛布にくるまりながら、「めーめー」と、
周りから見たらただのバカだが、この上ない幸せである。
そのうちに娘にもバカにされるのだろうが、なんとも気持ち良い活動であり、
冬限定、モフりたい方には非常におすすめだ。
そんな姿を見ている妻曰く、私はただの羊らしい。
「教育上良くないからやめて」と言われる。
自分でもそのあたりは自覚しているものの、なかなかやめられない迷える子羊である。

教育
そんな外ではお恥ずかしくて見せられないただの羊であるが、ここ最近教育に携わることが多い。
おかげさまで独立してもうすぐ丸7年を迎える。
よく頑張ってるね、と言ってもらえるが、頑張らせてもらってるという言い方に近い。
この7年の間で従業員も増え、牧野も加入してから約5年が経とうとしている。
このように私の理念に共感し、一緒についてきてくれること、この上ない幸せである。
その牧野にもここで成長してほしい、そう願っており、マネジメントする立場になっている。
先日は、理学療法士の学生さんの団体でのセミナーにて講師としてお招きいただいた。
この理学療法士の学生団体、お恥ずかしながら創設者は私である。
約20年ほど前に、その当時関西にて理学療法学生の横の繋がりを作ろうと、関西理学療法学生交流会なるものがあった。
ご縁あって、そちらに参加させていただく機会があったが、
当時大学3回生だった私は「これ、こっちでもやりたくね?」と勝手なことを言い出した。
「お前がやりたいなら、手伝うよ」と当時、親友の後押しもあり、
ちょうど2011年の震災後の3月に第一回中部理学療法学生交流会を開催した。
当時、私の大学の理学療法学科は20名しかおらず、非常に価値観として狭くなるものがあったが、
その会には200名にも及ぶ学生さん達にお越しいただき、非常に多くの刺激をいただいたことを覚えている。
その後決して、後輩の重荷にならないように、いつでも辞めていいからねと伝えて卒業したものの、
こうして今尚脈々と想いを紡いでいただいたことに感謝である。
15年の月日を経て、講師としてお招きいただけることが光栄であり、感慨深いとはこのことである。
加えて、この秋からとある大学にて非常勤講師を務める。
非常勤講師とはなんとも聞こえがいいが、オムニバス形式の1回を担当するぐらいだが。
私が学生のころの先生が現在、そちらの教授として赴任されているが、「お前喋ろ」といきなり連絡をいただいた。
「私で大丈夫ですか?」と3回ぐらい確認したが、
「世間の厳しさを教えてくれ」と、ただの羊がそんなことをと思う依頼をいただいた。
まあそれだけアウトローなことをやっている証であろう。
人の上に立つ
最近こうして有難いことに教育やら講師やらが多い。
果たしてそういう立場になってきたのはいいことなのか?
おそらく天の神様から、マネジメントができるようになりなさいと言われているのだろうか。
人の上に立つという言葉はあまり好きではないが、人の上に立ちなさいと言われている気がする。
病院勤務にて新人の頃はよく先輩の先生方に叱っていただいた。
角が立ちまくっていた世間知らずの私に、多くの先生方が向き合ってくださった。
マザー・テレサは「愛の反対は無関心である」と伝えている。
その当時の先輩方は、本当に愛を持って接してくれていた。
マネジメントする立場になって初めてわかったが、叱るという作業は本当に骨の折れる作業であり、無関心に放ったらかしておくことがなんとも楽である。
ひとえにベースは成長、幸せを願う愛である。
恥ずかしい話だが、もちろん私も後輩の指導に当たっていた。
が、全くもって本気ではなく、そこに愛はなかった。
当時、自分自身のキャリアのことしか考えておらず、自分さえ良ければと、組織のことを考えたこともなかった。
パワハラだのコンプライアンスだの言われる希薄なこの時代、
学校の先生もスポーツのコーチも叱ることはめっきり少なくなった。
いわゆる体育会系という名の先輩絶対王政はもう時代の教科書なのか、
意味もなく理不尽に怒られることはもうないのか。
いわゆる今のZ世代といわれる新社会人は叱られるということにめっきり慣れていないんだとか。
褒めて伸ばすとか叱るのが悪だとか、表面の二分論になりやすい。
そこには愛がベースにあり、聖書を引用するのならば、
人の上に立つとは、隣人を愛しなさいと言い換えることもできるのかもしれない。
求められるリーダーとは
最近、そんなマネジメント論をよく考える。
逆に、下の立場からしてどんなリーダーについていきたいと思うのか?
令和の象徴なのか、ここ最近は「対話」のリーダーがよく持ち上げられる。
サッカー日本代表の森保監督は、W杯にてドイツ、スペイン破る大金星を上げ、
日本史上初のベスト8まであと一歩のところへ迫った。
そんな激闘の裏側を写した動画がyoutubeに上がっていたが、負けた後も選手一人一人と抱擁している姿が印象的であった。
森保監督は、自らを「監督係」という。
「上司」と「部下」ではなく、あくまでもフラットな関係であり、
役割の違いはあれど、貴賤や序列はないのだと。
そもそも人の上に立つという言葉自体おかしいのか。
WBCの栗山監督もよく名監督として名前が挙がる。
確かに大谷、ダルビッシュなど史上最強の選手達を一枚岩にするのは容易ではないことは伺える。
打撃不振の村上を最後まで信じ、準決勝メキシコ戦でサヨナラタイムリー、決勝アメリカ戦の8回にダルビッシュ、9回に大谷と、栗山チルドレンが自ら投げますと懇願してきたんだとか。
選手とのコミュニケーション、関係性を大切にし、選手の個性を活かしながら主体性を引き出し、
チームの和を大切にして成果を導くリーダーシップ。「名選手、名監督にあらず」と言うが、
決して能力の高い人がリーダーではなく、令和の求められているリーダーには対話が必要なのかもしれない。
ワクワクするビジョン
ただ、森保監督にしろ、栗山監督にしろ、W杯ベスト8、WBC優勝という明確な目標があった。
W杯で見たことのない景色を見に行こうという言葉が印象的であったが、明確なビジョン、明確な目標がそこにはある。
世の中にモノが溢れている今日の中で、“WHY”なぜ、なんのために会社はあるのか、その存在意義が求められる。
リーダーとして、こんな社会になったらいいよね、
こんな未来になったらいいよねと、
ワクワクしたビジョンを見せられるか、
その景色を描くことが、ついていきたいと思うリーダーなのかもしれない。ひとえにそんなリーダーを目指している。
こんなカッコいいことを言っているものの、残念ながらただの羊である。めーめー。
執筆
片浦 聡司
PRO-motion代表取締役 / 理学療法士 / 日本スポーツ協会公認アスレティックトレーナー(JSPO-AT) / (公財)日本オリンピック委員会(JOC)医科学強化スタッフ(水泳競技(2015~2016))
名古屋大学医学部卒。急性期病院で整形外科領域を中心に臨床経験を積み、姿勢・動作の分析から痛みや不調の原因を見立て、再発予防につながるコンディショニング指導を得意とする。
2015年より2年間、JOC医科学強化スタッフとして国際大会(ユニバーシアード等)にも帯同。
高齢者からトップアスリートまで幅広くサポートしている。
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